11
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--
RECOMMEND
SPONSORED LINKS
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
OTHERS
LINK
応援クリック
ショッピング
おすすめ
アドセンス
LATEST ENTRY
CATEGORY
ARCHIVE
LINKS
PROFILE
SEARCH
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

スポンサードリンク | - | | - | - |
夏の日も過ぎて?
 お盆が終わったとたんにこの寒さ、いったいどうなっているの?
やはり、夏はもう終わってしまったのかと思う。
そうは思いつつも、残暑はこれからだと期待したい気持ちになる。
地球温暖化とはよく言われるところですが、単純に暖かくなるということでもなさそうです。
悪いことに、天候不順という嬉しくないかたちで影響が出ているようです。
懐古主義と言われそうですが、子供の頃のあの単純に暑かった夏が妙に懐かしく感じられます。

ということで、『恋詩』には掲題のサブタイトルを付けております。ノスタルジーを感じさせる恋愛小説を書いたつもりです。過ぎ行く夏への愛しさをこめた作品です。

話は変わりますが、ホームページリニューアルに向けて着々と作業を進めております。しかし、時間のかかることでそうそう簡単に出来上がりということにはならないんですね。CGIも駆使しながら、(作る方も、見る方も)すっきりしたページと感じられるように取り組んでいます。

その分(言い訳です)筆のほうは止まったままです(汗;)。

風渡 甚 | 風景 | 23:00 | comments(0) | trackbacks(5) |
寒い日
  最近は暑くなったり、今日のように寒くなったり何とも不順な天候です。
  『中庭』の第二話が完結出来て一休みというところです。
 さて、もうすぐ6月になりますね。そこで『風薫六月の恋人』更新が止まったままだったので、何とか書き進めたいと思っています。この作品は、小説を書き始めて間もない頃なのでいろいろと、手直しが必要なところが目についてしまいます。それで、今すこしずつ校正を進めています。それが終わったら、新しい章に入っていけるのではないかと思っています。実際のところはまだ、構成が出来ていないんですけどね。
 最近、今までのものとはまったく違った作品を書いてみたいと言う気持ちが湧いてきます。でも実際には、中々そうは書けないんですけどね。と言いつつも、少しずつ構成が浮かんできているところです。

 『中庭』第三話はしばらく充電期間を置いてからのことになると思います、何時取り掛かれるかも未定ですが、愛読していただいた方は少々お持ちいただきたいと思います。
風渡 甚 | 風景 | 22:46 | comments(0) | trackbacks(141) |
お気に入りの場所2
今日は、素晴らしい天気であった。
6月は北海道では、もっとも爽やかで、気持ちの良い季節である。
梅雨のある本州では、そうはいかないであろうから、そちらに住んでいたことのある自分としてはお気の毒に思う。
せめて、季節の良いときに北海道に来られたら、如何でしょうか。

今日は、免許取立ての息子のために、指導者として助手席に座った。
まだまだ、危なげであるが、徐々に慣れていくしかないだろう。

以前(4月8日)にUpした「お気に入りの場所」を久方ぶりに訪れた。
そのときは、枯れ枝のようになっていたのが、今では若葉が芽吹いて、命の輝きを改めて実感する。
夏になれば、緑の葉が枝をびっしり覆うことであろう。
季節は、知らぬ間にめぐり、息子もいつの間にか成長している。

時の流れに、感慨を覚えた私でした。
お気に入り2

ブログランキングに参加しました、クリックしていただけると励みになります。
風渡 甚 | 風景 | 23:24 | comments(0) | trackbacks(2) |
風の音
ここのところ、天気が悪かった。
昨日などは、一瞬であるが雨にみぞれが混じった。
やたら寒くて「いったい五月だというのに、なんなのだ」と、誰に言うでもなく、言葉を吐き出していた。

今日は、ようやく晴れて打って変わった、実に気持ちの良い日であった。
昼に、近くの公園のベンチに腰掛けて憩うこと暫し。

目の前には、たんぽぽが咲き乱れていた。
たんぽぽほど、ありふれた花はないと思っていたが、こうやって一面にたんぽぽが広がっていると、仲々素晴らしいものだと、改めて気づかされた。

我々には、考えて結論のだせることと、いくら考えても結論のだせないことがある。
でも、結論の出せないことであっても、考えたいと思うときがある。
私は、その時、いくつかのことを考えていた。
明るい、風景の中にいるのはとても気持ちのよいものである。

しばらくして、私は何気なく目を閉じた。
すると、風が微かに吹いていることに、気が付いた。
そして、急に風が強く耳の辺りを、吹き抜けていった。
その時、耳の奥で「ごー」という、とても小さな風の音を聴いた。
そうして、風がなくなって、私は目を開けた。

私は、どうしてだか自分でも不思議に思うのですが、風が好きです。
私が、風を感じるときは、一瞬です。
でも其の一瞬は、とても貴重で幸せな瞬間です。

皆さんも、天気が良くて、空気がさわやな日にめぐり会えたら、ちょっと目を閉じて風の音を聴いてみませんか。

風の音
私の、居た場所はこの先です。写真を撮ろうとしたらバッテリー切れでした。
ドジな私です。

ブログランキングに参加しました、クリックしていただけると励みになります。
風渡 甚 | 風景 | 22:35 | comments(0) | trackbacks(1) |
母の日・数の子
私の、父も母ももうすでに居ない。

母の日になると、思い出すことがある。
東京の会社の寮で独身暮らしをしていた時の話である。
ある日、北海道の実家から、荷物が届いていた。
早速中身をあけたら、「にじますの佃煮」と「数の子」が入っていた。
だが運送状態が悪かったのであろう、二つともパンパンにパックが膨らんでいた。
中身が傷んで、醗酵していたのである。
家に連絡を取ったら、佃煮のほうは、運送トラブル保険が掛かっていて、メーカーから再送してくれることになった。
だが、数の子の方はどうしょうもなかった。
その時私は、「何でこんな痛み易いようなものを送ってきたのだ」というようなことを云って、母をなじったのである。
当時の私は、青二才で人の心を思い図る余裕がなかった。

それでも、せっかく送ってくれたものだからと、数の子を袋から取り出し、水でよく洗ってみた。
だが、ツーンと饐えたような匂いがして、とても食べられる状態ではなかった。
それで、よっぽど捨てようかとも思ったが、やはり母の顔が浮かんで、そうは出来なかった。
わたしは、電気コンロを取り出し、その数の子をパリパリに焼いた。
なんとか、食べることが出来たが、苦くてお世辞にも旨いといえるものではなかった。
それでも、無駄にすることにならなくて良かったと、私は思った。

後になって、私はなぜ父と母が、その佃煮と数の子を送ってきたのか、気が付いた。
私は、ビールが好きであった。
二人は、呑み助の息子の一番喜びそうな「肴」は何だろうと考えたのだと思う。

その数の子の味はほろ苦かったが、どんな豪華な料理より私には、ごちそうであったと、今ではそう思っている。
それは、二人の心がこもっていたものだからである。

ブログランキングに参加しました、クリックしていただけると励みになります。
風渡 甚 | 風景 | 22:10 | comments(0) | trackbacks(3) |
D51(デコイチ)
いつもの、散歩コースである。冬の間は、シートが被せられていたが、今日はご覧のようにオープンとなっていた。私は、別に鉄道マニアではない。しかし蒸気機関車には特別な思い入れがあるのは、否めない。子供の頃見た、機関車の走る姿は今も忘れられない。特に動き始める時の、機関車は何度見ても飽きることがなかった。あのあえぐような、蒸気の力強い響き。もしかしたら、蒸気機関車は、人間の作り出した最も、熱い機械ではないだろうか、そう思うことがある。
D51
風渡 甚 | 風景 | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
春の訪れ・カシラダカ
今日は、春の訪れを感じさせる一日となった。ここのところ、あまりぱっとしない天気が続いていたので、待ちかねていた散歩に出かけることにした。お気に入りの散策コースはすっかり雪も解けて、長かった冬が終わったことを感じさせた。久方ぶりの、道を歩きながら妙な気持ちになった。この道をこの前歩いたのは、去年の秋のことである。今こうやって歩いていると、それがつい昨日のことのように思えてしまう。そんな、感傷に浸りながら歩いていた私は、突然、頭の上から聞こえてきた小鳥の鳴き声で足を止めた。初めは「声はすれども姿は見えず」状態で、きょろきょろしていたが、ほどなく声の主を見つけることが出来た。そこで、早速カメラを取り出して何枚か撮ったのである。だが、その小鳥は私の見たことがなく、鳴き声も初めてのものであった。そうして、気が付いたその鳥から少し離れたところの枝に5羽の鳥が止まってた。よくよく見たところ、群れというよりは家族なのではなかろうか、私はそう思った。私が立ち止まって樹を見上げていたところに、やはり散歩をされていた方であろうか、上を見上げられたので、この鳥をご存知ないかと問いかけてみた。其の方は、調べてみたことはあるが、忘れてしまわれたとのことであった。それと、こんなにかたまっているのは珍しいと言われた。私は、散歩を再開したが、気をつけてみると、あちらこちらから、小鳥のさえずりが聞こえてきた。しばらく歩いてから、やはり見慣れない鳥を見つけたので、写真を撮っていたら、先ほどの方が追いつかれて、図書館で図鑑を調べたら如何かと私に云われた。其の方もそうなさったそうである。それが、きっかけで一緒に歩きながら話をすることになった。其の方は脳梗塞を患って、リハビリを兼ねて散歩されている様子である。でも歩くのは結構「こわい」と言ってました。(注)北海道では、疲れることを「こわい」といいます。まもなく、私たちは分かれ道に差し掛かり、そこでしばし「健康談義」に花を咲かせることになりました。いずれ機会があれば、その内容も披露したいと思っています。そこで私たちは分かれたのですが、また会うことがあると思います。いつになるかは分かりませんが、楽しみです。
その後、早速図書館に行って「野鳥図鑑」を調べました。はっきりとは断言できませんが、総合的に判断して、私の見た小鳥は「カシラダカ」だと思います。
小鳥
風渡 甚 | 風景 | 23:48 | comments(0) | trackbacks(3) |
阿寒湖
久方ぶりに、温泉で骨休めをしてきました。阿寒湖は、まだ湖面が凍っていて、雪で真っ白でした。この時期に来たことがなかったので、凍っていたのは意外でした(道路にはもう雪がありません)。船着場には遊覧船が、係留してありました。観光客の姿はなく、もちろん立ち入り禁止になっていました。いまはシーズンオフですから、格安に泊まることの出来るホテルがありますよ。雪を見ながらの露天風呂も、なかなか、おつなものです。
阿寒湖
風渡 甚 | 風景 | 21:05 | comments(0) | trackbacks(2) |
お気に入りの場所
私のお気に入りの場所である。ある公園の目立たない場所にあるベンチ。この写真は、そのベンチに座り空に向けてシャッターを切っている。この木は夏には素晴らしく緑が茂り、その葉の間から見える青空はとても美しい。時間がうまくあって、木漏れ日が見れた時などは、その日はとても幸せな一日になってしまう。
「生きながらの地獄」という言葉があります。
誰でも、一度や二度はそう思う瞬間を経験しているのではなかろうかと思う。
だが、私は、ここに座って素晴らしい景色に恵まれた時、「生きながらの天国」という言葉があるなら、きっとこのようなことを云うのではないかと思う。
つらいことや、悲しいことがあった時は、私はよくここに来る。
ここに、来ることが出来ない時は「ここで見た木漏れ日の美しさ」を思い浮かべることにしている。
そうして、またこの場所を訪ねると、そう思うことにしている。
お気に入りの場所
先週までは、雪があって、ここまで来ることができなかった。急に寒くなったり、突然雪が降ったりしていても、確実に春が近づいてきていることを実感します。
まだ、芽もふいていないようですが、緑が待ちどおしい。
風渡 甚 | 風景 | 20:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
メインディシュ
フランス料理であれば「主菜」とかいって立派な料理が出てくるのだと思います。私のような庶民にとっては、メインディシュとは、平たく言って、「主役のおかず」あるいは、「おかずのなかのおかず」というようなものであります。例えば「鮭弁」であれば鮭、「コロッケ弁当」であればコロッケ。「のり弁」であればのり・・・とまあ、これは冗談で白身魚のフライということになるのでしょうか。私がかつて勤務していた会社に、Kさんという先輩がいました。先輩なのに先輩づらしないで、気さくで皆から好かれていた、気持ちの良い方でした。その方の、話です。

その会社には、結構立派な社員食堂がありました。それでも、自分の机の所で食事をする人もいました。ひとつに目としては、家から弁当を持ってこられる方です。ふたつ目の場合は、食堂のメニューが気に入らない場合です。三つ目としては、ゆっくり席でくつろいで昼食をとりたいというようなことでしょうか。食堂の横には、売店があって、パンやジュースそれにおにぎり、弁当などを売っていました。

その日はどういう、いきさつだったかは、もう忘れてしまいましたが、その先輩と、私ともう一人の同僚とが机ではなくて、三人で寄って、なにか楽しい話をしながら昼食をとっていました。私は、職場で食べるときは好きなメニューが決まっていたので、おそらく自分が食べていたのは「鮭のおにぎり」と「緑のたぬき」だったのだろうと思います。で、先輩は「チキン弁当」でした。先輩はいつもは、家から弁当を持ってきていましたが、男にしては小食でした。そのチキン弁当も女性が食べるようなこぶりのものでした。わたしは、別にその先輩の弁当を詳細に観察したわけではありません。ただ、いろいろおかずが入っていたのに、メインディシュのチキンは、大きめのものが1個しか入っていないということを目の端に止めていました。先輩は、足を前に投げ出して椅子の背にもたれるような格好で、弁当を食べていました。

いよいよ、先輩がそのチキンを箸でつまんで、口に運ぼうとしたその時。もうひとりの同僚が、そのとき何か面白い話をしたのだと思います。思わず三人の間から爆笑があがりました。その途端、先輩の箸の先からチキンがツルンと滑り落ちたのでした。そのチキンは、まず先輩のお腹の上に落ちて、見ていると右のもものから膝を通過してすねの上を転がっていきました。そこで、先輩は必死の形相で、まるでサッカー選手のようにキックをしました。なんと、そのチキンは見事に空中に跳ね上げられました。その時、先輩は左手に弁当を、右手にはもちろん箸を持っていたわけです。もしそのとき、箸を投げ出して、右手でチキンをつかめばキヤッチできたかもしてません。でも、とっさにそんなこと出来ませんよね。先輩は空中のチキンを箸でつかもうとしました。でも塚原卜伝じゃありません、今度もツルンとすべって、ついに床の上に落下してしまいました。その時の、先輩の情けなさそうな顔は今でも、忘れることができません。結局、先輩は床に落ちたチキンを拾うと、肩を落として、生ゴミの箱に捨てに行きました。後になってから、もし我々二人がそばにいなければ、先輩はチキンをティシュで拭いたんではなかろうか。そう思うと、なんだか気のどくなことをしてしまった気がします。
風渡 甚 | 風景 | 19:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
1/2PAGES | >> |