09
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--
RECOMMEND
SPONSORED LINKS
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
OTHERS
LINK
応援クリック
ショッピング
おすすめ
アドセンス
LATEST ENTRY
CATEGORY
ARCHIVE
LINKS
PROFILE
SEARCH
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

スポンサードリンク | - | | - | - |
手塚治虫・石ノ森章太郎
私は、現在はめったにマンガを見ることはない。
たとえば、散髪とか歯医者とかの時間待ちしている時に、コミックをめくるくらいである。

しかし私は「マンガ大好き少年」であったと自負している。
特に好きであった作家が石ノ森章太郎である。
実は、彼は途中で名前を変えている。
したがって、もっと正確に云うのならば、私の一番好きだった作家は「石森章太郎」であると言うべきであろう。
なぜなら、私が読んだ作品は其の時代のものが、圧倒的に多かったからである。

彼は、実に多くのヒット作を世に送り出している。
あまり多すぎてここでは紹介し切れないが、一端を紹介するなら以下の様であろうか
「仮面ライダー」
「サイボーグ009」
「おみやさん」
「佐武と一捕物控」
「ミュータントサブ」
「怪傑ハリマオ」
「幻魔大戦」etc.

私は、当時サイボーグ009のファンであったが、あるとき、ふと目にした彼の作品を読んで衝撃を受けた。
残念ながら今では、その題名もストーリーも思い出すことはできないが、作品の中に「イライザ」という名前のアンドロイドが登場している。
そうしてそのアンドロイドは、人間以上に人間らしさを感じさせるアンドロイドであった。
私が衝撃を受けたのは、かなり長いコマ割に、なんとセリフがひとつもなかったのである。
そしてそこの場面は、不思議な雰囲気と不思議な魅力に満ちていた。
というより、私はすっかりその場面に引き込まれてしまったのである。
彼の描写力は、言葉を超えていた。
私は、この作家はなんという才能の持ち主だろうと、今まで以上に好きになってしまった。
そうして、彼の初期の作品にも興味を持ち始めたのである。

彼の作風を一言で語ることなど到底出来ることでないが、私は彼の作品に「リリシズム」と「ロマンチシズム」を感じる。
ごく初期の作品であるが、これが色濃く感じられる「龍神沼」などは好きな作品のひとつである。

そうして、私の最も好きな彼の作品は、「昨日はもう来ないだが明日もまた」という短編である。
多感な、少年時代に、人生とは、人間とは、時間とは、私に考えさせてくれた貴重な作品である。

後年彼は、非常に革新的な作品を発表している。
全編セリフ無しの作品である。
私は、彼が、頭の中にあった究極のイメージを、かたちにしたかったのだと思う。

だが、この作品を「これはマンガではない」と猛烈に攻撃した作家がいた。
手塚治虫である。
石ノ森章太郎は、手塚治虫のことを、大先輩として、深く敬愛していたので、このことに大変なショックを受けた。
しかし、手塚治虫は、攻撃の手を緩めることは無かった。

結局、石ノ森章太郎は、この作品の連載を打ち切ることにした。

さて、手塚治虫を偉大な作家だということに、異論を唱える人は居ないと思う。

だが、その手塚治虫が唯一その才能に「嫉妬」した男がいると云われている。
それが「石ノ森章太郎」である。

日本は「マンガ」「コミック」「アニメ」文化で名実共に世界が認める、先進国になっている。
ではなぜ、先進国になり得たのであろうか。

それは、「ある、たった一人の男がこの日本という国に生まれたからだ」という言葉がある。
彼の名はもちろん「手塚治虫」である。
私も、心からそう思う。

なお、この二人は以下のように呼ばれているそうです。

手塚治虫  ・・・「マンガの神様」
石ノ森章太郎・・・「マンガの王様」

ブログランキングに参加しました、クリックしていただけると励みになります。
風渡 甚 | エンターテイメント | 22:26 | comments(2) | trackbacks(7) |
2/2PAGES | << |